海外に住む人なら理解してもらえるだろう、手に入る日本語の本はとにかく何でも読んでみる、という経験。自分の好みとは関係なく読み散らした本について書き散らす備忘録的ブログ。パリ在住なのでフランス語の本も多数。
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三島由紀夫 「潮騒」
評価:
三島 由紀夫
新潮社
¥ 420
(1955-12)

三島由紀夫の本はもちろん何冊か読んだことがある。そのなかで私の読書歴の記憶に最も強い印象を残している一冊が彼の「金閣寺」だ。でもよく考えたらそれ以外の本は多数読んでいるわけでもないし、特に記憶に残っているわけでもない。最近、誰の本かよくわからないからもしかしたら又貸しなのかもしれないが、私の手元に三島由紀夫の「潮騒」が渡ってきた。

フランス人と文学の話をするときに、よく話題にのぼる日本人作家は、村上春樹と三島由紀夫。みんなMurakamiだMishimaだというが、村上春樹の本をよく読んでいるのに反して三島由紀夫は名前だけ知っていて、実際には読んだことがない、というのがよくあるパターン。

この「潮騒」を読んで、「世界のMISHIMA!」とすべて大文字で思った。

なんなんだろうか、この文章力。
内容は、映画にもなっているので有名なんだろうけど、私は知らなかった。何も知らずに読んだ。漁業で成り立っている小さな島で若い男女が出会い、恋に落ちて、さまざまな難関を越えて結ばれるというものだった。男女の出会い、内緒の逢瀬、そして初江にふりかかる危険、新治の前にはだかる危険、村人たちの噂、初江の父の怒り、エトセトラエトセトラ。なぜかわからない。私の念頭には「MISHIMAの本が青春の謳歌だけで終わるはずがない。映画にもなってるこの小説だからハッピーエンドになるわけがない。絶対どうしようもなく切なく哀しい展開が待っているんだ。それを私は黙ってこらえて読み進めることしかできないんだ。」という脅迫に似たような思いが最初から最後まであったので、二人が出会っても、村人たちがまっすぐなところを見せても、難関を切り抜けても、希望の光が見えてきても、ずーっと哀しい気持ちで(不幸に前もって精神的に備えておくタイプです。)いっぱいだった。
しかし、ハッピーエンドで終わる。それもそんじょそこらのハッピーエンドではない。
彼ら若い二人は、日頃の行いと誠実でまっすぐな性格と自分を信じ相手を信じる気持ちと多大なる勇気とで、その村人にも祝福されるハッピーエンドを若くたくましい両手でつかみとるのだ。
この小説に書かれている内容だけを読むのなら、こんなにこっぱずかしくむずがゆく美しすぎて吐き気のする話はないだろう。しかしそれを壮快な読後感で覆い尽くされているのは、やはり世界のMISHIMAの文章力によるものだと思う。
島も海も人間も動物もすべての自然の叙述が、この小説には欠かせないものであり、まるでそれらひとつひとつが主要な登場人物のようだ。

この小説を原語で読むことができ、そして自然や人間の描写の繊細なところまでをも感じ取れることができるのは、私が日本で生まれて育ったからだと、そのことにいまさらながら感動し感謝した。この喜びのために、私は何度も生まれ変わって他の言語のもとに生まれて育ってみたいと思う。それはただ何カ国語を理解できる、などということとは全く次元を逸した喜びだからだ。



| 16:52 | 日本 | comments(0) | trackbacks(0) |
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