海外に住む人なら理解してもらえるだろう、手に入る日本語の本はとにかく何でも読んでみる、という経験。自分の好みとは関係なく読み散らした本について書き散らす備忘録的ブログ。パリ在住なのでフランス語の本も多数。
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Emmanuel Carrere「D'autres vies que la mienne」
評価:
Emmanuel Carrere
Gallimard
¥ 898
(2010-10-19)

 4月にレバノンへ旅行に行ったときに読んだ本。エマニュレル カレール/Emmanuel Carrereは去年Prix Renaudotを穫ってから、読んでみたいな〜と思ってた作家。まあこの本で賞穫ったわけじゃないんですけどね。

この本は、一年くらい(だったかな)の短い期間に、家族の一員を亡くした人たちと偶然にも二度も、近そうで遠い関係にあった作家自身の手記。一つ目は、インドネシアで、作家、彼の子供、フィアンセ、フィアンセの子供の4人でバカンスを楽しんでいたときにスマトラ島沖地震が起こり、彼らは無事だったけれど、ビーチに近いバンガローに滞在していた知り合いの家族が4歳の娘を亡くし、波にさらわれて遠くの病院に安置されていた彼女の遺体を探し出し、幼い子供の死に対峙しながらもこれからどのように生きていくかを模索する家族の話。そして二つ目は、病気が再発し幼い子供3人と定職のない夫を残す不安を抱えながら死んでいくフィアンセの妹と、彼女の死後の家族の生き方の話。

作家はどちらの家族とも、それぞれの死のときには家族並みにそばにいながらも本当の意味では家族の一員ではない、という立場で、一体どのように対応していけばいいのか困惑する。スマトラ沖で亡くなった子供の祖父から「君は作家なんだったら、是非この出来事を書いてみないか」と言われながらも、長く放置してしまっていた作業をある時始める。

家族に取材を始めてから、作家は距離の取り方がわかってきたのだろうか。家族に不幸のあった人間に対して、部外者である私達が皆持つであろう、なんとも言えないいたたまれない気持ち、何かしてあげたいけど意味のないようにも思える自分の無力さ、何と声をかけていいのかもわからずただただたたずんでしまう、そんな状況がエマニュエル カレール自身の体験として、彼の美しい文章力と素晴らしい描写力で描かれていく。そしてこれでいいのかもしれない。そのただずんでしまうこと自体が正しい反応なのかもしれない、と思わせてくれる。カレールのフィアンセは目の前に困った人がいると、活動的にどんどん態度と行動で「助ける」という行為を自然にできる人間で、その対象としてどう距離をとればいいのかと戸惑いながらも側にいて話し相手になるカレール。その二人の態度もとてもいい軸になっていた。

彼の小説も読もーっと。
| 15:05 | フランス | comments(0) | trackbacks(0) |
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