海外に住む人なら理解してもらえるだろう、手に入る日本語の本はとにかく何でも読んでみる、という経験。自分の好みとは関係なく読み散らした本について書き散らす備忘録的ブログ。パリ在住なのでフランス語の本も多数。
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鮎川哲也「死びとの座」
 「死者に笞打て」と共に貸してもらった鮎川哲也二冊目。

ここでちょっと偉そうなことを言わせてもらいますが、ワタクシ、最初のほうでもう既に謎は解けていました。犯人もわかっていました。詳細まではわからなかったけど、ああ、きっとこれはこういう方向性の話だろうなってわかってました。だからワクワクとかハラハラというよりは、着々と読んだ、というのが正しい感想。
それでもやっぱり最後の謎解きで「そういうどんでん返しか〜!」という従来の推理小説的驚きではなく、「どんだけじゃまくさいことすんねん!」というどちらかというとつっこみに近い驚きがあった。

小説というのは基本的に、最初から最後まである登場人物の視点から書かれたものか、登場人物ではないナレーター的書き方か、読者の視点となる登場人物の移り変わりがはっきりわかる書き方か、大きく分けて三つだと私は勝手に思っているんだけど、この本は読者の視点の置き方というかナレーションの置き方がばらばらしていて、それが不快ではないんだけれど、私はあまり慣れなくて戸惑う部分があった。

小説の副題には「鬼貫警部事件簿」となっているけど、鬼貫さんが活躍する場面はあんまりなくて、鬼貫さんがオラオラ出てくるまでに捜査をがんばる刑事さんたちは名前もつけてもらってなくて「若い刑事」とか「中年の刑事」とかいう書かれ方で、「なんやめっちゃかわいそうや、この扱い」とずっと思って読んだ。
| 15:13 | 日本 | comments(0) | trackbacks(0) |
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