海外に住む人なら理解してもらえるだろう、手に入る日本語の本はとにかく何でも読んでみる、という経験。自分の好みとは関係なく読み散らした本について書き散らす備忘録的ブログ。パリ在住なのでフランス語の本も多数。
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吉本ばなな 「ハードボイルド/ハードラック」
 私は吉本ばななの本が好きなんだと思う。日本にいたときも数冊読んだことがあるし、そしてパリ日本文化会館の図書館でも数冊借りたことがある。

もちろんそんな作家はたくさんいるけれど、私が彼女の作品が好きなんだと思う理由はいつもすごくすごく良いと思うから。そして何よりもその「良い」っていう感覚が他の本とちょっと違うから。彼女の作品を「良い」と思うときは「すごい!」とか「すばらしい!」とかそんな大げさなものじゃなくてもっとじんわり「良い」と思う。

彼女の場合、それぞれの作品の内容よりも、小説のどこかで見つけたフレーズとか感覚とか、そんなものがいつまでもいつまでも私の記憶のなかに深く残っている。そんな文章の雰囲気のようなものを日々の生活のなかでふと見つけることがある。そして「あ、吉本ばななの本にこんなのがあったな。」って作品名は思い出せないんやけど、読んだ時の雰囲気とか文章を思い出す。

私はそういう感覚を味わえることが好きで、そういう感覚を私に与えてくれる作家のことを「力がある作家」だと思う。それは小説でもアートでも映画でも同じ。

この「ハードボイルド/ハードラック」も良い。
吉本ばななの文章はいつも「死」の影をうっすらと薄く、でもしっかりとまとっている。影という言葉を使ってしまうとなんだか暗くて怖いもののように思えてしまうかな。「死」の雰囲気をまとっているのほうがいいのかも。そんなことを感じた後、「死」というものは私たちが生きていることのすぐ横にいるんだから当たり前のことなのに、まるでそれが不思議なことのように思っている自分にも気づかせてくれる。
またそれは、私が吉本ばななを読んでいると無意識に思っている「ずーーっとこのまま読み続けていたい。ずーーっと終わらないでほしい。」と感覚とリンクする。だって吉本ばななの作品は決して長くないし、どちらかといえば短過ぎるくらいだから。でもそれぞれの作品の「終わり」を迎えたとき、私は「やっぱりこのへんで終わらせてるのも良いな。」と思う訳だ。世の中のすべての事物や出来事には終わりがある。だから美しい。

リヨンの友達の家から没収してきたたくさんの本の中の一冊。たしかもう一冊吉本ばなながあったと思うので楽しみ。


| 13:05 | 日本 | comments(0) | trackbacks(0) |
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